Tinderをやってみた話②-2

前編

subdrop.hatenablog.com

 

おはようございます。
11月分は前回のお話の続きです。

なお、状況や境遇が特殊すぎるため個人の特定を防ぐために何点か事実とは異なる設定を組み込んでおります。

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③サラ(仮名)(25歳 女性)

性格、趣味嗜好がある程度に通っていたこともあり、10月になる頃には週に2回ほど食事に行ったり互いの自室で酒を飲んだりするようになった。

大概は仕事の愚痴やインターネットの日々入れ替わる雑多なニュースが話題であった。
行為を伴うこともあればしないまま解散することもそれなりにあったと思う。

彼女の自宅は賃貸の3LDKマンションであった。元彼氏が2カ月ほど前まではそこに住んでいたらしい。

ネットフリックスやhuluのログイン名が男のものであったことや、2個セットで置いてあるゲーム機のコントローラーからもそれは推測できた。

彼女の肩書は常務取締役であった。

トップは継父のようだが体調面で不安があるらしく、たいていの実務は彼女が担っているようであった。
日々の顧客対応や経理業務、各種取引先との対応、宣伝活動まで、自分のような一介の木っ端サラリーマンよりは明らかに多忙であった。

縁がない業界であり、話の一つ一つがとても興味深く、愚痴であっても面白く聞くことができた。

 

同フロアにもうひと部屋を借り、そこに母親と中学3年生の妹が住んでいた。

10月初旬のある日、サラの母親が彼女の自室を訪ねてきた。彼女から自分のことを聞いたようで、サラの妹の持病の相談をしてきた。その週に修学旅行があるらしい。

訳知り顔でもらった主治医意見書の医療用語を解説すると、安心したようでサラの部屋を出て行った。

その日以降彼女の部屋に遊びに行くと、様々な料理やワイン・日本酒が提供されるようになった。市内の有名店の名物メニューが卓上に並ぶこともしばしばであった。どうやら家業のツテで大量に差し入れされるらしい。

一皿3000円のビーフシチューと一皿5000円の天ぷらが同時に並ぶ日もあった。100g60円の鶏むねと1玉100円のキャベツを蒸して食べている自分が哀れだった。

サラの母親の料理の腕も確かで、それら有名店のメニューにも引けを取らなかった。
10月はサラの部屋に入り浸っていたと思う。


11月1日も乞食のごとく彼女の部屋に行った。申し訳程度の旅行の土産を持って。
突然10万円を超えるレザージャケットをもらった。
サラの母親はスタイリストらしい。「絶対似合うから」とのことだった。
着せ替え人形になりながら、母親から昔のサラについての話を聞いた。
生徒会長選挙に立候補して落選したこと、頑なにパーカーで高校に通って親に連絡されたこと、数年前は“ぽっちゃり”だったこと、写真も見せてもらった。笑った。

恥ずかしいような、不快なようなしかめっ面でサラは僕と母を見ていた。

11月2日は彼女の寝室で目が覚めた。遅くまで飲んでしまい布団を借りたのだった。
始業に間に合う時間であることを確認し、シャワーを浴びて身支度を整えていた。

「もう うちにこないで。」
帰り際にサラはそう言って半狂乱気味に「これ以上入ってこないで」「遊びのくせに」など色々喚いた。遊びではあります。
Macintoshのレザージャケットは持ち帰ってきた。もらえるものに罪はない。
午後に謝罪のメッセージが届いた。Macintoshの所有については問題ないようだ。やったぜ。

11月4日朝にメッセージが届いた。

「今日の夜暇?」

以前に100円均一で買ったビニール製の財布から免許証が見えたのだろう。

誕生日を祝ってくれるらしい。

仲のいい同期も夜勤のシフトであり、断る理由はなかった。

 

黒地に白のラインが入ったマーメイドワンピースを着ていた。ちょっとプッチ神父の服装に見えた。言ったが伝わらなかった。

彼女の行きつけの和食居酒屋のようだ、店員や店主が挨拶に来ていた。

天ぷらや白子を純粋に楽しんでいると、11月でマンションを引き払うことを告げられた。
もともと元彼氏との結婚後の生活用に借りていたものであったが、その予定もなくなったため、家族と同じ物件に住むことにして2室とも引き払うらしい。


屏風を挟んで向こうの客のペースメーカーだのAfだのいう単語が耳障りだったので店を変えた。
老舗のバーを紹介してもらった。妙齢のバーテンダーが丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。

バーでは仕事の愚痴を聞いた。

11月5日6日に入っている案件は遠方からの客のため粗相ができないこと、もともとは下請け的な存在であった会社が自分たちから独立して大きい顔をしていること、その業界の今後の展望が暗いこと、自分一人では手が足りていないこと、……、明るく饒舌に語っていたが、Bottega Venetaのバッグのモスグリーンが彼女の顔に暗く反射していた。


タクシーで彼女の部屋に帰った。化粧を落とした後コーヒーを淹れてくれた。
紙袋を手渡された街中のセレクトショップのものだ。
開封を促され、金のリボンをほどくとハイブランドのシャツが出てきた。
「似合うと思って。」
わざわざ前日に買いに行ってくれたらしい。もはや彼女だろこれ。
袋にシャツを戻しコーヒーをすすった。


「もう私に関わらないで」

そういってサラはクローゼットに向かっていった。

さすがに文脈の飛躍を感じて、コーヒーを啜りながらつじつまを合わせようとする。

11月に入ってから何かがおかしい。最初からあらゆるところにおかしさはあったのだが。

「コーヒー飲んだらそれ持って出て行って」

僕はコーヒーのおかわりを注いだ。いつものような笑いのある会話はなかった。
正直意味が分からなかった。

「自分の精神衛生考えたらもう関わりたくない。依存したくない。」
間接照明の部屋で彼女はぽつぽつと語った。
僕はコーヒーのおかわりを注いだ。腹は膨れていたが、帰る踏ん切りがつかなかった。
3杯目を飲み切って僕は紙袋と一緒に部屋を出た。

彼女は泣いていた。僕は腹が痛かった。

自室でたぷたぷの腹をさすりながら、連絡をしてみた。
tinder、LINEともブロックされているようだった。

 

あまりに唐突すぎてかなり精神を乱された。自分がこの手の話でダメージ受けているのってかなりエンタメだよなあ。


セレクトショップの紙袋は、リボンで閉じられた袋が入ったままクローゼットの奥にある。

 

 

 

5日後に「ねえ」とラインが届くのはまた別のお話。