みなさまお疲れ様です。
皆さんの祖父母はあと何回会ったら死にますか?
自分の祖父母は半壊しています。
大学で親元を離れたり就職で街に出たりすると、祖父母と会う機会なんて年に2回あればいいほうだと思います。
さて、あと何回会うとその祖父母は死にますか?
運ばれた病院で自分より若い研修医からDNARを確認されますか?
僕の祖父母の生き残り側の人たちは今のところ大変元気そうで安心しています。
でも、いつまで持つのでしょうか。こんな仕事をしているとわかっていたはずの自分の身内の死におびえるようになりました。正確に言えば死に至る“傾き”にです。大動脈解離、心筋梗塞で24時間以内に死んでくれたらとてもうれしいです。下手に脳出血とかくも膜下出血みたいなものでだらだら死んでくれるな、と思うばかりです。
まあ、そんな感じの心境ではあるので元気なうちに会っておきたいなと思っただけなんです。
同じようにこのブログを読んでる奇特な方にもあと何回会ったら会えなくなるんでしょうね。会うことがすべてじゃないとは思うんです。交尾するわけではないので。
まあ世間話できるうちに、価値観がズレて敵になる前に、仲良くしたいと思うわけです。
自分の弱さを大変に感じます。中二病の全盛期は敵側になる人間に対する執着なんてなかったんですけどね。
そんな感じですべての事象に「死の宣告」はのっかっているわけです。
ここで言いたいのは「一回一回を大切に!」みたいなきれいごとではなく、突発にそのカウントが0になることがあるということを含意しておくべきだということです。
学生時代からこの手の話は良くしていたんですが、今回石川に行ったときになにもジジババに限った話じゃないんだろうなって思ったんですわ。
むかしなつかしのおともだちに会うよりも、目の前の愚鈍の相手をするのが今後の人生だと思うと悲しくなった、ってそんなまとめです。